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2013年11月15日金曜日

再びのヨーロッパ

タンジェ(モロッコ)→セビージャ(スペイン)→リスボン(ポルトガル)

 

宿から港はすぐ近く。

タリファ行きのフェリーは高いけど、タンジェ新港まで行く時間や、フェリーの時間なども考え、ここから乗ることに。

8:30のフェリーにぎりぎり乗れた。

サヨナラ、モロッコ。





モロッコで出しそびれたハガキをフェリーの人に託した。
ちゃんと届くといいけど。

1時間もかからず、船はタリファに到着。 

入国審査もスムーズに。
そして、無料(というかこれもフェリー代に入ってる?)のシャトルバスに乗ってアルヘシラスへ。

そこから、セビージャ行きのバス、これもちょうど、12時発のに乗れた。
しかし、バスは来た道を戻り、タリファを経由した。

知らなんだ。
タリファの港からバス停まで歩けばよかった。

海沿いの丘には風車がズラッと並んでいる。
車窓には、羊、綿花の畑。
一面の綿は、白い花のよう。遠くには、収穫の終わった畑を焼いている煙が見える。


セビージャについて、インフォメーションで地図と情報をもらう。

夕陽の頃川沿いを歩き、


セビージャは闘牛も有名。向かいにいるのは馬に乗った優雅なお方ですが。

(ギネスでは)世界一大きいカテドラル。
(バチカンの聖マルコ、イギリスの聖ポール教会に次ぎ3番目?)


大きすぎて全然全体が撮れません。

世界で唯一のフラメンコ博物館でフラメンコ。
グラナダで見たものとはまた違った感じだったが、これもよかった。


最後の挨拶のところで一枚。

案内所の人のおススメの店で食事をして(飲んで)、いい気分でバスターミナルへ。
セビージャは半日の滞在だったけど、とてもいいところだったな。



街角で本を読む少女の像。

夜行バスでリスボンに向かいます。 

***
移動情報

・タンジェ→タリファ フェリー300ディルハム(タリファ→アルヘシラスのシャトルバス込み)
・アルヘシラス→セビージャ バス20ユーロ
・セビージャ→リスボン バス44ユーロ
***
 
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電車に手を振る羊飼い。

マラケシュ→タンジェ

マラケシュ発の電車。

*
窓の外には、広々としたのどかな気色が広がっている。
羊の群れを連れた男が、電車に向かって手を振っているのが見えた。

羊飼いは僕らに向かって手を振っているわけではないけれど、窓から見えるその姿は絵になるなと思う。

羊を連れて歩く彼を見て、いいなと思う瞬間もあるけれど、僕はほんとうにそういう暮らしに憧れているわけではなく、きっとただ、いろんな暮らしがしてみたいだけなんだと思う。

「あれこれやってみるのもいいけれど、それは20代のうちまで。30を過ぎてまだ定まらないなんてみっともない」
と言われたことがあるのを思い出した。
 

僕はもう31歳。

残念ながら、羊飼いは映ってないです。
*

マラケシュを出た電車は、順調に走り、カサブランカで乗り換え。


カサブランカの駅。カサブランカはモロッコ一番の都市(ちなみに首都はラバト)
乗り継ぎの待ち時間があったので、駅の近くで、昼ご飯を食べた。

カサブランカまではすいていたのだが、そこからは人が増えて、コンパートメントタイプの客室に常に5、6人はいる。

タンジェに着いたころには日も暮れて、暗くなっていた。

**
駅を出たところにいたタクシーは、はじめ50ディルハムと言ってきた。
悩むこともなく歩いて進んでいくと、「1人10ずつでいいぞ」、とすぐになる。

しかし、少し歩いてから、流しのタクシーに聞いてみると、「10でいい」
 

途中、他のお客さんも拾って、乗り合いで行く。
**

広場で降りて、少し迷ったが、宿を見つけた。
古くて、インターネットはないけれど、スタッフがよい人のようなのでもうそこに決める。


***
タンジェの街で、子供の物乞いを見た。

服もきれいで髪もきれいに切ってある。
身なりはとてもきれいなのに、そうしなければいけない理由があるのだろう。

僕はまだ、物乞いという行為を自分の中で認められていないから、お金を渡すことができない。
それは逆に、自分がもしそうなった時に、お金をもらえなくともしょうがないということも、認めないといけない。

正解はわからないけど、お金を渡すにしても、渡さないにしても葛藤はあると思う。
***


*宿情報
 Pension Agadir 

 Pettit soccoの近く
 ダブル1泊100ディルハム。
 家族経営かな?若い人もおじさんもとても親切。



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2013年11月12日火曜日

マラケシュでマラを消す。

マラケシュでマラを消す。
*
「マラケシュでマラを消す」
昔カルーセルマキが言っていた。
今は知らないが、昔は性転換手術の名医?がいたらしい。

僕は今のところ、その予定はない。
*

**
今日はフナ広場北側に広がるスーク(北アフリカ最大のマーケット?)でお買い物。

の予定だったが、交渉も面倒くさいし、軽く軽く流す程度に歩き廻る。
(ちょっと値段を聞いたり、市場調査)







そして、工芸センターでお買い物。


工芸センター入り口のタイル。
ここは、最初から付いている値段が、スークで交渉して下がった値段と同じか安いくらい。
あくまで、僕らレベルの交渉術ですが。

買ったバブーシュ達。

歴史地区のほうにも行ってみたけど、聞いてたより早い時間で閉まっていてBahia宮などは入れず残念。

夜は昨夜に続きフナ広場へ。

何でもある店はイマイチという話を聞いて、妻のリサーチにより魚の屋台、4番、14番を探すも見つか

らず。妥協して入った屋台はかんじが悪くやめ。

もうここは、気持ちよく飯が食えないのか。

結局広場近くのお店で食べて帰った。

 


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2013年11月11日月曜日

フナ広場での出来事。

どうも!
リアルタイムはアルゼンチン・ブエノスアイレス。
これからイグアスに向けて出発します。

*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

ブログはモロッコ。

砂漠から戻った日の夜、ヨセフが「見て!星が出てるよ!star!I like star~」と教えてくれたので見てみると満天とはいえないまでも、きれいな星空。
流れ星もいくつか見られた。

翌日はバスでマラケシュへ行く日。
用意してたら突如鼻血がでて鼻にティッシュをつめたまま、ヨセフが入れてくれたミントティーとピーナッツをかじる。(なにもつっこまないヨセフ。かえって恥ずかしかった)
いろいろあったけれども、まあよかった砂漠の宿でした。

8時発のバスに乗る。バスは小さな町に何度も止まって人を乗せたり、降ろしたりしながら進む。
途中、放牧中の羊の群れをいくつもいくつもみる。さらにはラクダの放牧の群れも。






ワルザザードという場所を過ぎて、アトラス山脈を越えていく。
ぐねぐね曲がりくねった道は長くのびて蛇のよう。




 

マラケシュに着いたのは夜八時ごろ。
人に聞きながらフナ広場を目指してあるいて(ちなみにこの時もチップは要求されず)、案外すんなり到着。


広場ちかくの、目星をつけていた宿は満室だったのでその隣へ。
スタッフも感じよく、リアド(昔ながらの住宅を改造したもの?)なので建物もかわいい。

宿に荷物を置いて、さっそくフナ広場にごはんを食べに行く。
すんごい屋台の数!なんでもこの屋台は毎日組み立てては崩しているのだとか。
まずはカオルちゃんにすすめられたオレンジジュース!みかんみたいに甘くて、つぶつぶでおいしかった~。




そしてごはんは、呼び込みのおじいさんが感じよかった屋台へ。
座ってすぐにパンとサルサソースが出てきた。頼んでないけど何も言われないから、食堂でもパンついてくるしサービスだよなと食べながら頼んだものがくるのを待つ。


頼んだのは野菜タジンとクスクスとサラダ。


今まで食べてたタジンみたいに生から蒸してくれると思ってたら、大鍋に煮られた野菜をタジン鍋に盛ってあたためるだけ。クスクスも茹でてあるクスクスに同様の野菜をかけるだけ。
サラダもトマトと玉ねぎをさっと切ってなにもかけず。
どれもイマイチだな~と思いながらも食べ終えてお会計。

すると計算してたより20DHも高い。これとこれとこれしか頼んでないから35DHでしょ?というと、パンとソースが10DHずつかかるという。


後で見るとメニューには小さく書いてあった。
「私たちは頼んでない、なにも聞いてない」といっても「でも食べただろ?食べたなら払え」
急に態度を変えて逆ギレ。払おうとしてた出していたお金を私の手からパッと取ってきっちり55とっておつりをぞんざいな態度で「サンキュー」って皮肉っぽく渡される。


最低。


後で聞いたことによれば、なんでも出してるレストラン屋台はどれもイマイチらしい。一品で勝負してるとこのがおいしいとか。

ちくしょーーーーー!!!

みなさんもしフナ広場いくことあれば、31番屋台には行かないでください。

そんな納得いかないかんじで始まったマラケシュ滞在1日目でした。
 

 
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2013年11月9日土曜日

砂漠の夜の静電気祭り。


どうも。リアルタイムはアルゼンチン・ブエノスアイレス。
ここへきてはじめての日本人宿にいます、田中(妻)です。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~

さてブログはモロッコ。

迷宮都市フェズを夜出て、朝6時ごろにリッサニ村に到着。
そこからはタクシーでメルズーガへいく。宿の人が手配してくれていた通り、「タナカ、タナカ」と私たちの名を呼んでいた運転手の車に乗って。

まだ暗い道をタクシーは走っていく。砂の巻き上がる音と、風の音が聞こえる。
あたりにはなにもない。ただ乾いた道が広がっているだけ。

40分ほどして砂漠の宿「カスバ・デ・デューン」に到着!
早朝ながら「サバク~サバク~スゴーイネ~サバク~♪」と陽気に迎えてくれたスタッフのヨセフ。
ほの明るくなってきた空。砂漠がぼんやりと見える。


 

しばし仮眠のち、朝ごはん。「高いところから注ぐと砂糖とお茶がよく混ざる」とサービス精神旺盛なヨセフのサーブにて。ミントティーおいしい。


その後、日本人の女の子・カオルちゃんと話す。
カオルちゃんは前日に砂漠ツアーに行ってきたとのこと。
「夕陽も星もあんまり見えませんでしたよ」

そしてラクダに乗ったせいで日頃使ってない筋肉「ラクダ筋」(カオルちゃん談)が痛いらしい。

カオルちゃんはなんでも今はベルリンに住んでいるのだとか。

彼女の出身は福島。あの震災の日、当時住んでいた石巻のアパートに1人でいたところに津波が…。
「もう自分は死んでいたと思う。こんなふうに眠るように死んだら楽だろうな、って死ぬことは全然こわいと思わなかったです」
そしてようやく帰った福島では、家は半壊、農家のお父さんは出荷できないお米を作らざるをえない状況だったり…。
震災にあった人の話をはじめて間近に聞いて、なにも言えない気持ちになった。
そして福島も東北も、まだまだ震災は「終わって」なんていないんだと思った。

そんなこんなで砂漠に出発したのは午後5時。
車で砂漠の入り口まで向かいます。天気は雲がいっぱいで風も強い…。
ラクダを連れて歩いていた青年・イシュマルと合流して、いよいよラクダに乗って砂漠へ!




ラクダは象より安定感がない(当社比)そしてラクダの上はけっこう高いです。




途中、別の団体と合流。みんなでゆっくり歩いていく。


 

家がなくなり、村が見えなくなり、ほんとうに砂漠だけになった。

夕焼けを期待していたのに、相変わらずのどんより。でも雲間からほんの少しのぞいた太陽は美しかったです。



今夜の宿であるテントに到着。


どうやらテントはいくつもあるようで、ほかの団体はいくつかに分散したらしい。
で、そのテントは私たちだけ。
ミントティーとピーナッツを食べながら、イシュマルに日本語を教える夫。
イシュマルはベルベル語・アラビア語・スペイン語・フランス語・あとちょっと英語できるらしい。
ベルベルは文字を持たないから書くときはアラビア語なんだって。
ちなみに彼のものと思っていたラクダは実は車で送ってくれたおじさんのものらしい。
イシュマルはべつのところで2年、ここで1年ほど働いているんだとか。

その日の晩ごはんは野菜たっぷりのタジン。どうやら料理もイシュマルがしてくれたっぽい。
やさしい味ですんごいおいかったー!!





で、他の人のブログなどで聞いていたとおりベルベルミュージックが聴けるんだよな~と待っていたけど誰も来ず。イシュマルに聞くと「ここには来ない。今日は音楽はない」ということ。
なんで??どういうこと????

そういうわけで夜9時には寝る雰囲気に。
もちろん空は曇ったまま…。星も月もまったく見えない…。

しかたがないのでテントで夫と静電気祭りを開催していると(真っ暗くすると静電気は光って見えるので。無闇におこして楽しむ)遠くから太鼓の音が…。

やってるじゃん!!!!!

なんだよ~なんだよ~夕陽も星空も見えなくて音楽も聴けなかったなんて…。
天気はしょうがないことなんだけど…。でも期待していただけにすごく悲しかった。
腹いせに静電気祭りをさらに盛大に開催し、


大騒ぎしたのち眠った。



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2013年11月8日金曜日

僕らを迷わすもの。

*


フェズのメディナはバイク乗り入れ禁止?馬やロバが活躍。

迷路で迷わないというのは、絶叫系の乗り物に乗って叫ばないようなものだ。

フェズは、世界最大とも言われる迷宮メディナがある。
細い路地が無数にあり、いつの間にか迷ってしまうそうだ。

昨日の宿探しは難航したが、今日は迷わなかった。
大雑把な地図など信用せず、遠回りになったとしても来た道をもどればいいと開き直れば、大丈夫。

しかし、これは本来の楽しみ方ではない気がする。
*

**
迷路で迷子にならなかった代わりに、モロッコ人にはいろいろ迷わされた。


フェズは、タンネリというなめし皮工場?が有名のようで、歩いていると、
「なめし皮」と声をかけられる。なぜか日本語で。

そこを見るのに案内人?のような人がいるのだが、

「大丈夫、見るだけはタダ」という人がいたり、
「1デイルハム、OK」と言ってくる若者がいたり、
「フレンド、10ディルハムだけだよ」と言ってくるオヤジがいたり、

もうよくわからない。

僕らもせっかくだから見てみようかと着いて行きかけたところで、客引き通しが違うこと言って揉めだしたので、「もういいや」という気分になった。

隙間からちょこっと見えたからいいか。


歩きつかれたので、お茶を飲んで休憩し、お会計しようとすると、
「20ディルハム」と言う。
「えっ、そんなにするの?」(朝スープとパン食べたけど二人で10もしなかったけど)
と驚いた顔をすると、すぐに値段が下がる。


そして、妻がお土産にハブーシュ(スリッパ)を買おうと入った店では、
初めの言い値が400だったのに、最終的には100になった。
(無理やり下げたわけではない。400は高いからやめておこうと店を出ようとするとどんどん下げてきたらしい)


買い物中の妻。
結構はいている人も多い。

こんなに値段が下がるなんて、初めの言い値はなんなんだろう。
交渉が好きな人は楽しいかもしれないが、こんなことがまかり通るなんて、まっとうな商売をしていないんじゃないかと疑ってしまう。

そして、僕の買い物欲はよりなくなる。

*僕は買い物に興味がないので店の入り口で待っていて、断りにくそうな雰囲気になったら「もう帰るぞ」みたいなことを言う係り。
**




アルハンブラで見たような細かいタイル。むしろこっちが先。

世界最古の大学とも言われるモスク。今も人々の祈りの場。


***
今日は夜行バスに乗ってメルズーガに向かう。

今回はCTMのバスに乗る。
(CTMのバスはメルズーガの少し手前のリッサニまでしか行かないことが判明し、宿の人にそこまで迎えに来てもらうように頼んだ)

CTMは荷物にタグを付けてくれて、荷物代チケットもあるので、明朗(5ディルハム)。
よくわからない人に荷物代を請求されることもないし。

ここでは、迷わされませんでした。
***


注)誤解のないようにに言っておくと、大半のモロッコ人は親切でやさしいです。


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2013年11月7日木曜日

フェズへ、モロッコ人たちとの一日。

どうも。リアルタイムはアルゼンチン・ブエノスアイレス。
最近のあだ名は「髪ばっつんこけし丸」の田中(妻)です。

*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

さて、モロッコ・青い町シャウエンから今度はフェズを目指します。

シャウエンからは朝9時半のバスに乗って。
バス会社の人からは「9時には来て」と言われたのでしっかり時間前に来て待つもなかなか来ない。


ちょっと心配になってまわりの人に聞きまわると、みんな「あの乗り場にくるよ」とかちょっと他の人に聞いてくれたりして優しい。
結局バスが来たのは9時20分くらい。そして荷物と人を詰めこむとなぜか9時半前には出た。
(これちょっと困る)

先日、荷物代のことでちょっといろいろありました。


荷物代がかかるとは聞いていたけど、バス会社によっていろいろだし、突然出てきて払えって言われてもあんた誰?的な気持ちもあって気持ちよく払えてなかったりしたのです。


そんで大きな荷物を入れてたけどどう見ても払ってなかったモロッコ人に「荷物代はらったの?いくら払ったの?」と聞いてると、横で荷物係が「余計なこと言うな。5DH(これはわかった。スペイン語と同じだったので)払ったと言え」的なことをどうも言ってるみたいでむちゃくちゃ感じわるい。
その乗客も乗客で「払ったよ、5DH払った」などと言ったりしていて、


いつ払ったんだよ。魔法か!!
 

と思わずつっこみたくなる納得いかなさだったのです。

が、まあいいです。こちらは外国人。彼らの国におじゃましているということもあるし、法外な値段でなければ払おうということに落ち着きました。
なにしろ毎回これではめんどくさい。

そんなわけで荷物代も払い、バスは出発。
すると、私たちが座った後から乗ってきたおじいさんが何か言いたそうにしている。
わたしたちのほうをみて、そして荷物棚を見てを何回か繰り返した後、何事かを言われた。
一旦降りていたみたいだし、こちらにはまったくわからなかったが、どうやらシャウエン着く前にここに座っていたらしい。
「オレはここに座ってたんだよ、ここ(荷物棚)に荷物があるだろ?」と出したのはすんごいちっちゃいハンドバッグ。

わ、わからないよ…。
うーん、どうしようと思っていると、そばにいた人がおじさんにその前の席を譲ってくれて事なきをえました。

しかしこの1時間後。
またもやバスターミナルにつくと、おじさんはまたもや降りていってしまったのです。
ちっちゃいハンドバッグを荷物棚に置いて・・・。
当然そこあいてるから別のおじいさん2人組みが来て座っちゃった。
しかもおじさんのハンドバッグに気がつかず、うえからでかい荷物を押し込めて…。

帰ってきたおじさん、おじいさん2人組を発見→激怒!!
今度は相手は言葉の通じるモロッコ人、容赦ないです。
以下推測。
「ここはオレが座ってたんだよ!!!」
「そんなこと知らないよ!何も置いてなかったじゃないか」
「ここに荷物があるだろう!…あっ、オレの荷物が!」おじいさんたちの荷物を出そうとする。
「なにするんだ!!やめろ!」
「ここにオレの荷物があるんだよ」
「やめろ!」
というようなことが全力で繰り返され、時折「アッラー」「インシアッラー(神のみぞ知る)」など嘆きとも聞こえる言葉が…。



結局おじいさん1人をどかし、おじさんは席につきました。
どかされたおじいさんはすんごい眼力で睨んでいる。こ、こわい…。
なのにおじさんと、そのもう1人のおじいさんは何事もなかったかのように談話。


コーラを分け合ったりしていました。
わからん!!!

そういうようなことがあり、バスは無事フェズに到着。
目星をつけていた宿を探しに、歩き出しました。バスターミナルから、門の中へ。



フェズは迷宮都市。複雑に入り組んだメディナ(世界遺産になっている)は地元民でもないかぎり、地図を持っていても迷うのだとか。

シャウエンで地図を手に入れていた私たちは、「ま、そうはいっても着くだろ」とタカをくくってメディナに突入。
しばらく歩いて…
結果、すっかり迷子になりました。

しかもこのフェズでは「道案内」を商売としてる人たちがいるらしく、「どこ行きたいの?だいじょうぶ、タダだよ」なんつって後でしっかりチップを要求されるらしい。

ひぃー。
ということで、話しかけてくるモロッコ人には「ありがとう、でも大丈夫だから」(大丈夫じゃない)と断りまくってたんですが、これがまた案外あっさりひいてくれてた。
アレ?ってかんじです。

結局美術館で道を聞いて、全くの見当違いだということが判明。
それから来た道を帰り、門の外へ出て、大きな道を辿って宿を探す。

が、これまた迷う。
(後で判明するが、これは地図が悪かった。グーグルマップを見ればよかった)
もう2時間ちかくが経過していた――。

汗だくで疲労困憊の2人。
結局道行くモロッコ人に手当たりしだい聞きまくる。
すると、またみんなやさしい。「チップ」とか言わない。
英語もスペイン語もできないけど、身振り手振りで教えてくれようとする。
なんてやさしんだー!!

で、よーやくみつけた宿のおじさんもいい人で。
砂漠の宿のオーナーに電話してくれたり、「有料ガイドに気をつけるんだよ」などと心配してくれたり。

はー、いろいろありましたがモロッコ人のおもしろさとやさしさを体感した日でした。

芸術的に並べられた靴。

 

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2013年11月6日水曜日

手紙。

シャウエンの宿。鬱になりそうなほどに青い部屋。

シャウエンでは一つやることがあった。

チェコの宿で出会った韓国人の女の子たちから、シャウエンにいるという少年への手紙を預かっていたのだ。

とは言っても、僕らに与えられた情報は、

・彼らがだいたいいつもいるという街を見下ろす丘のことと(これも地図とかを見せられたわけではなく、「行けばたぶんわかるから」と言われたにすぎない)、

・少年たちの写真が映ったパソコンの画面を僕のカメラで撮ったもの、

だけ。

「会えなかったら捨てていいから」と渡された手紙は、それからずっと僕のカバンの中に入っていた。


根拠もなく、少年たちには会えるような気はしていた。

しかし、その日は起きると雨が降っていた。

どうしたものかと考えていると、午後には雨が上がった。
おそらくそこであろう場所はわかったのだが、こんな日に丘に登っている人などいそうにない。

「会えても、会えなくても、行くだけは行ってみよう」

迷路のような町を抜けて、丘を目指す。

青い町に溶け込むタナカ。

溶け込めないピンク(妻)。青にもいろんな青がある。



 

中腹にも家が数件あり、子供たちが板切れとボールで遊んでいた。

もしかしたら、いるかもしれない。

そう思ってたどり着いた場所には少年たちはいなかった。




少しずつ雲が晴れて、斜面に狭そうに建ち並ぶ家々に日があたりだした。





1時間近くいたのだが、時々登ってくる観光客に写真を頼まれる(他に人がいないので)だけで、少年たちには会えなかった。


渡せなかった手紙は、なんとなく捨てることができずに、まだ僕のカバンの中にある。


植木鉢も青い。
小さな青い扉。

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